アプロプリエーション
他人の写真を、そのまま撮り直して自分の作品にする。1977年9月、ニューヨークのアーティスツ・スペースで、批評家ダグラス・クリンプが5人展「Pictures」を企画しました。当時の反響は小さく、1979年にクリンプが批評誌『October』でこの展評を書き直したことで「ピクチャーズ・ジェネレーション」という呼び名が広まります。シンディ・シャーマンの『無題フィルム・スチル』は、存在しない映画の一場面を自分で演じて撮った写真です。どこかで見たような気がするのに、元になった映画はどこにもない。シェリー・レヴィーンは、ウォーカー・エヴァンスの写真集の図版を複写して『After Walker Evans』(1981)として発表しました。リチャード・プリンスはマールボロの広告のカウボーイを撮り直しています。この地図には、じつは「写し」の長い系列があります。王羲之の真跡は一件も現存せず、写しだけが千年伝わりました。浮世絵は絵師と彫師と摺師の分業で作られました。ルウィットは指示書だけを送り、壁は他人が描きました。デュシャンは既製品を選んで署名しました。アプロプリエーションはその下流にある、と僕は思っています(デュシャンまでの接続は複数の資料が書いていますが、王羲之や浮世絵まで結ぶのは、この地図の私見です)。裁判にもなりました。2008年、写真家パトリック・カリウがリチャード・プリンスを訴えます。2011年の地裁はプリンス敗訴。2013年の控訴審は判決を覆し、30点のうち25点を「変容的」な引用として認めました。どこまでが写しで、どこからが作品か。法廷でも決着に時間がかかっています。