アーツ・アンド・クラフツ
1861年、ウィリアム・モリスが仲間たちと会社を立ち上げます。参加者にはラファエル前派のロセッティとバーン=ジョーンズがいました。産業革命が吐き出す粗悪な量産品に対して、手仕事の美しさと、暮らしの道具の尊厳を取り返そうとした運動です。壁紙、織物、家具、本——絵の中ではなく、人が毎日さわるものを美しくする。美術の主戦場を、額縁から生活へ動かした人たちでした。ただ、モリスには誰よりも本人が自覚していた矛盾があります。手仕事は高くつき、彼が届けたかった庶民の手には届かず、買えたのは裕福な人たちでした。彼自身、自分の仕事を「金持ちの豚のような贅沢に奉仕している」と皮肉っています。1896年に亡くなったとき、ある雑誌は彼を「地上のパラドックス」と呼びました。理想と商売のあいだで引き裂かれながら、それでも作り続けた——この矛盾ごと、彼は正直だったのだと思います。この考え方はドイツ工作連盟を経てバウハウスへ、そして海を渡って日本の民藝へ届きます(ただし「モリス→バウハウス」という一本の線は、1936年にペヴスナーという歴史家が引いた整理でもあります。当人たちが後継者を名乗っていたわけではありません)。