洞窟壁画
灯りのとどかない洞窟の奥に、誰かが牛や馬を描きました。名前は残っていません。フランスのショーヴェ洞窟の絵は約3万6千年前のもので、1994年に見つかりました。ラスコーが見つかったのは1940年、犬を追いかけた少年が穴に落ちたのがきっかけです。——そしてスペインのアルタミラには、少し長い話があります。1879年、サンス・デ・サウトゥオラが娘のマリアに導かれて壁画を見つけました。ところが学界は認めませんでした。保存が良すぎる、原始人にこんな絵が描けるはずがない、偽物だ、と。彼は10年ものあいだ弁明を続け、疑われたまま1888年に亡くなります。認められたのは1902年でした。彼を否定した中心人物カルタイヤックが「懐疑論者の反省」という論文を書き、洞窟を訪ねて、娘のマリアに謝ったのです。23年、遅れて届きました。この地図には、もうひとつ同じ話があります(→ ヒルマ・アフ・クリント)。届くのに時間がかかることは、届かないことではないようです。——そして、いまのこと。この地図はいつも「本物は美術館で」と書いていますが、この帯だけは、そう書けません。ラスコーは1948年に公開され、1日1800人の息と湿気で壁に藻や地衣類が育ちはじめ、1963年に閉じられました。アルタミラもショーヴェも、保存のために人を入れていません。本物には、もう誰も会えないのです。それで人間がしたことが、この帯のいちばん良い話だと思います——そっくりの洞窟を、もう一つ掘りました。アルタミラは2001年に「ネオクエバ(新しい洞窟)」を、ショーヴェは2015年に本物から1キロと離れていない場所へ複製を、ラスコーは2016年12月に「ラスコーIV」を開きました。ラスコーIVはミリ単位で写しとられていて、5メートルを超える牡牛の広間もそのまま入っています。ちなみにこの源流ゾーンには、もうひとつ写しの話が並んでいます。ギリシャの名作は原作が消えて、ローマの写しだけが残りました。こちらは原作が残っているのに、誰も入れないから写しをつくった。逆向きですが、どちらも写しのおかげで、いまも会えるという同じ話です。