中国絵画・書
筆の線そのものが美になる——油彩とはまったく別の原理が、東アジアには古くからありました。5世紀の終わりごろ、謝赫という人が絵を見るための六つの基準を書き残します。その第一に置かれたのが「気韻生動」でした。形が似ていることより、生きた気が通っているかを先に見る。この順番が、東アジアの絵の見方をずっと決めていきます。山水画も、宋の時代に完成した姿を見せますが、それ以前から描かれていました(郭熙の『早春図』1072年は、その到達点のひとつです)。この水脈は海を渡り、日本の水墨画になります。ひとつ、書のほうの話も。東アジアでは、絵より書のほうが上に置かれていました。その頂点とされるのが、王羲之の『蘭亭序』です。353年3月3日、蘭亭に41人が集まって詩を詠み、その序文を王羲之がその場で書いた。ところが、この原本はもう存在しません。唐の太宗が手に入れ、褚遂良や馮承素たちに何本も写させたうえで、自分の墓(昭陵)に一緒に埋めさせたと伝わります。そして王羲之の書は、いま一件も真跡が残っていません。世界中の美術館にあるものは、すべて写しです。東アジアで千数百年いちばん上に置かれてきた書は、誰も本物を見たことがないものだった——この地図には写しの話が何度も出てきますが(ローマの模刻、敦煌のデジタル、洞窟の複製)、いちばん徹底しているのはここかもしれません。原本が無くても、写しがあれば千年伝わる。