メディア・アート
1963年3月、西ドイツのヴッパータールにある小さな画廊で、ナム・ジュン・パイクが個展をひらきました。改造したテレビ13台、細工をしたピアノ、禅の楽器。ブラウン管が絵の具になった瞬間です。有名な逸話がひとつあります。1965年、パイクが発売されたばかりのソニーの携帯ビデオを買い、タクシーの中からローマ教皇のパレードを撮って、その夜に上映した——「ビデオアートが生まれた日」として語られる話です。ただし調べてみると、その年にはまだ電池で動く携帯機は出ておらず、当時の機材は22キロあって電源が要りました。タクシーの中では撮れません。名場面のほうが、あとから整えられたようです。パイクの経歴もこの地図には効いています。朝鮮戦争を逃れて日本へ渡り、東京大学で音楽と美術史と哲学を学び、1956年にシェーンベルクの論文で卒業しました。のちにテレビの映像を絵のように変形させる装置を作るのですが、それは日本人技術者・阿部修也との共同開発です。技術と概念が、行ったり来たりのなかで生まれています。同じころ日本では、具体ともの派が並走していました。