新古典主義
古代がもう一度呼び出されます。今度は理性と秩序の名のもとに。きっかけは土の下からでした。1738年にヘルクラネウム、1748年にポンペイが掘り出され、古代がほんものの姿で現れたのです。1755年、ヴィンケルマンがその美しさを「高貴な単純と静かな偉大」と書きました。アカデミーとサロンはこの様式を「正統」として制度化します。のちの世代はこの正統に挑むことで新しい美術を生みました。壁は、乗り越える人を育てもするのです。ただ、この様式の土台には、いま考えるとおかしなところがあります。ヴィンケルマンが讃えた「高貴な単純と静かな偉大」は、白い大理石の姿から取り出された言葉でした。けれど古代の彫刻は、もともと色が塗られていたのです(源流ゾーンのギリシャ/ローマへ)。白いのは、二千年で顔料が落ちたから。つまりヨーロッパが「正統」として制度化した理想は、剥げ落ちたあとの姿を、もとの姿だと思って写したものでした。誤解の上に、200年ぶんの正統が建っていたことになります。それでもこの様式が無意味だったわけではありません。ダヴィッドの絵は革命とナポレオンの時代の顔になり、この壁があったからこそ、ロマン主義から印象派までが「乗り越えるもの」を持てました。誤解から生まれたものが、次の百年を動かすことがある。