写実主義
天使は見たことがないから描かない——クールベはそう言ったと伝えられています(本人の言葉としての確かな記録は見つかっていません)。神話や英雄でなく、働く人と日常の風景を描くこと。絵の主役を「いま、ここ」に引き寄せた転回でした。おもしろいのは、その通し方です。1855年のパリ万博で作品が落とされたクールベは、会場のそばに自費で小屋を建て、「レアリスムの館」と名づけて自分の個展をひらきました。落ちたなら、自分で会場をつくればいい。この態度は8年後の落選展に、19年後の印象派展につながっていきます。その5年前、彼はもっと静かな喧嘩をしていました。『オルナンの埋葬』(1849–50)です。描かれているのは、故郷の村のふつうの葬式。英雄も神話もありません。ところが画面は315×660センチ——歴史画の大きさでした。30年前にジェリコーが事件をこの寸法で描いたように、クールベは田舎の葬列をこの寸法で描いたのです。1850年から51年のサロンで、これは激しい反発を呼びました。「何を描くか」で順位が決まる世界では、大きさそのものが主張になります。誰を大きく描くかは、誰が大事かを決めることでしたから。