関係性の美学
1992年、ニューヨークの画廊で、リクリット・ティラヴァーニャは事務室の中身を展示室へ運び出し、空いた事務室を仮設の台所に変えて、来た人にタイ料理をふるまいました。壁に掛かるものは何もありません。作品は、人が集まって食べている、その状況そのものでした。この考え方に名前をつけたのが、フランスのキュレーター、ニコラ・ブリオーです。1996年、ボルドーでの「Traffic」展のカタログで使い始め、1998年に『関係性の美学』という本を出しました。人間関係とその社会的な文脈を、理論と実践の出発点にする一連の芸術——というのが彼の定義です。名前は本人がつけました。悪口ではありません。この地図の「名前は外から与えられる」という話が、ここでも成り立たなくなっています。批判もあります。2004年、クレア・ビショップが『October』誌に「敵対性と関係性の美学」を書きました。関係性の美学が前提にしている「関係」は、ブリオーが言うほど本質的に民主的ではない、という指摘です。みんなで食事をして仲良くなることと、社会の対立が解けることは別のことだ、と。この批判もいまだに読まれ続けています。(ティラヴァーニャがふるまった料理は、1990年の作品ではパッタイ、1992年の作品では野菜のカレーだったとされ、資料によって書き方が違います。)