ロマン主義
理性と秩序の窮屈さに、感情と想像力で応えた世代です。嵐の海、革命、悪夢——描いてよいものの範囲が一気に広がりました。「感じたことを描く」という、いまでは当たり前の自由の源流がここにあります。この世代のやり方で、いちばん分かりやすいのが絵の大きさでした。アカデミーの序列では、大画面は神話や歴史のためのものです。ジェリコーはそこに、三年前の事件を持ち込みました。1816年7月2日、フランスの軍艦メデューズ号がアフリカ西岸で座礁します。急ごしらえの筏に150人ほどが乗せられ、13日後に助かったのは15人でした。飢えと渇き、そして人が人を食べたことまで報じられ、原因は艦長の無能だとされて国際的なスキャンダルになります。ジェリコーはこの筏を、縦4.9メートル横7.2メートル——歴史画のいちばん大きな寸法で描き、1819年のサロンに出しました。神々ではなく、生きている人間の事件が、神々の大きさで壁にかかったのです。この「大きさで主張する」やり方は、30年後にクールベがそのまま引き継ぎます(写実主義へ)。序列が何を描くかで決められていたので、反抗はまず、どれだけ大きく描くかで行われました。