社会に関わる芸術
作品が、美術館の外の出来事そのものに関わっていく帯です。1991年、スザンヌ・レイシーが「新しいジャンルのパブリックアート」という言葉を作りました。これが、のちの「ソーシャリー・エンゲージド・アート」の前身になったとされています(この呼び名がいつ定着したかは、2006年にクレア・ビショップが使ったとする説と、1970年代半ばには出ていたとする説があり、はっきりしません)。ここでも名前は悪口ではありませんでした。学術の記述用語として入ってきています。この帯でいちばん知られているのがアイ・ウェイウェイです。2010年、テート・モダンに『向日葵の種』を敷きつめました。1億個の陶製の種を、景徳鎮の職人1,600人が2年かけて一つずつ手で作り、手で彩色しています。遠くから見ると砂利の海ですが、近づくと全部ちがう。工場の均質さの逆をやってみせた作品です。彼にはもうひとつの仕事があります。2008年の四川大地震で崩れた学校の犠牲者を、彼は自分たちで調べました。政府が数を出さなかったからです。集めた児童生徒の名前と性別と生年月日と学年と住所を、作品として並べました。集計の人数は資料によって幅があり、4,851人から5,385人のあいだで書き方が違います。2011年には理由の説明もないまま81日間拘束されています。この地図の「作品の強さと、この事実は、どちらも消えない」という書き方でいうと、この人の場合は逆かもしれません。作品と出来事が、最初から分けられないところに立っています。