スーパーフラット
2000年、村上隆が渋谷パルコで「スーパーフラット」展をひらきます。翌年にはロサンゼルスのMOCAほか、アメリカを巡回しました。主張はこうです——日本のマンガやアニメの平面性は、突然生まれたものではなく、日本の絵がずっと持っていた平らさの延長線上にある。浮世絵からアニメまでを、一本の線でつないだのです。ウォーホルの工房方式と江戸の絵師の工房が、ここで握手します。ANIME MAPと、この地図が直接つながる航路です。「フラット」には二つの意味が重ねてあります。ひとつは画面の平らさ。もうひとつは、高級な芸術と大衆文化のあいだの段差が無いということです。村上の理論の芯は、ただ平らだという話ではありません。平面なのに視線が一点に定まらず、描かれたものが動き出して見える——平らさの中にしまわれていた運動性のほうを指しています。この主張は3つの展覧会で組み立てられました。2000年の『スーパーフラット』(渋谷パルコ)、2002年の『ぬりえ』(パリ、カルティエ財団)、そして2005年の『リトルボーイ』(ニューヨーク、ジャパン・ソサエティ)。最後の題は、広島に落とされた爆弾の名前です。戦後日本のサブカルチャーは、その出来事のあとから育ったものだ——そこまで言い切った展覧会でした。この展示は全米美術批評家連盟のベスト・キュレーション賞を受けています。日本のいちばん軽く見られていたものを持って世界へ出て、いちばん重い名前でそれを説明した。この地図の日本の帯は、ここでいったん現在に追いつきます。