ウルム造形大学
バウハウスの続きを、戦後にもう一度やろうとした学校です。1953年、西ドイツのウルムに開校しました。初代学長は、バウハウス出身のマックス・ビル。設立の資金には、静かな由来があります。ナチスに処刑されたショル兄妹を記念してつくられた基金でした。姉のインゲ・ショルと、のちに夫となるオトル・アイヒャーが始めた学校です。ナチスに閉じられた学校の続きを、ナチスに殺された弟と妹の名前の基金で建てた——この地図でいちばん強い「回帰」のひとつだと思います。ここで生まれたのが、ブラウン社との協働でした。ウルムが関わったブラウンの家電は、戦後ドイツの工業デザインの背骨になります。ブラウンのデザイナー、ディーター・ラムスが掲げた「より少なく、しかしより良く(Weniger, aber besser)」という言葉は、いまも現場で引かれ続けています。1958年のポケットラジオ T3 と、2001年の初代 iPod を並べて見た人は、たぶん一度は同じことを思ったはずです。1968年、財政難で閉校。15年しか続かなかったところまで、この学校は先輩に似ています。それでも、いまあなたの手のなかにある道具のかたちは、たぶんこの15年の下流にあります。