菱田春草朦朧体でいちばん叩かれた人です。そして、いちばん遠くまで行った人でもあります。輪郭線を捨てる試みは、当時ほとんど理解されませんでした。批評は厳しく、絵は売れない。そのうえ1908年ごろから網膜炎が悪化していきます。絵描きが目を病むということが何を意味するかは、説明の要らないところです。