桑沢洋子水路がいちばんはっきり見える人です。1933年、新建築工芸学院に入って川喜田煉七郎に学びました。つまりバウハウスから川喜田へ渡ったものを、教室で直接受け取った世代です。服飾の仕事から始まり、1942年に自分の工房を持ちます。そして1954年4月、東京・青山に桑沢デザイン研究所を開きました。